newoharamu

よい休息が人生に与える影響を追跡する(旧: 復縁するまで書く日記)

8日目(完)

昨日と同じルーチンで動いた。

仕事も昨日と同じで1時間を残してノルマが終わってしまい拍子抜けした。

心拍数、睡眠深度をより正確に知りたいと思い、活動量計を就業後に注文した。

活動量計を使う利点は、このような日記を書かずとも24時間全自動で記録がされていくことだ。そういう意味ではセンサーとデータベースという二つで一つの商品なのであり、アプリの存続可能性も価値である。したがって、人気メーカーを買っておくのが正しいと判断し、高級品ではあるが最大手の Fitbit を選んだ。24時間装着することを考えてスリムな目立たないモデルにした。

そうしていたら、彼女から「少し話があるから電話をください」とだけ連絡があった。

彼女からの連絡については悲観視しているため、電話するほど大きく、さらに私にとって不利に働くような要件なのだと身構えた。ジムは行かず震えながら帰路を進んだ。

恋愛の進行というのは、基本的には追われる側より追う側が有利だと考えている。なぜなら入念な事前準備ができて都合のいいタイミングで仕掛けられるからだ。一方で、つまりは、このように追われる側から不意な連絡をするというのは、それに対し準備がない上に相手より弱い立場である追う側にとって相当な痛手である。


彼女からの言葉は意外なものだった。私とやりなおしたいとのことだった。

毎晩、仲直りした私の夢を見るのだそうだ。彼女の心は私と癒着している、と。

私からは、健康という値観が一致したパートナーとして、今後の人生を支えあいたいと伝えた。

この日記は今日で終わることになる。

復縁が成功した理由について次の記事でまとめる。

99点(復縁はできたが、ジムに行けなかった)

7日目

6時に目が覚めた。睡眠を測るアプリによるとノンレム睡眠が1回しかなかったので、自由時間を減らし二度寝をすることにした。

7時半ころにもう一度目が覚めると、今度は頭痛がましになった。軽く音読をしてジョギングに出た。

脳のハードウェアの増強のほかに走ることを通して目指していることは"我慢のモデル"を脳に作ることだ。140 bpm に心拍を維持するために、インターバル走のような、速く走ってぎりぎりになったら歩くという方法を取っている。この、体のぎりぎりの調整は自分の我慢強さに頼ることになる。したがって、少し厳しめに次のチェックポイントを考え、そこを通過するまではつらくても走るようにしている。まだ仕事には活きてこないが、家事などでは同じ"我慢のモデル"を使えるようになったのでそのうち効果が出るように思う。

仕事は快調だった。自分ではいまいちの出来だと思っていたがノルマが就業の1時間早く終わってしまい、持て余した。仕事は意識しなくても自然と出来るようになっていくということが分かった。

定時退社をしジムでベンチプレスをした。筋トレ後は乳酸を流してしまわないよう軽くシャワーを浴びて速やかに帰宅し、肉を食べた。


シリコンバレー式 よい休息を読了した。

休息をとるには、その重要性を理解し、休む権利を主張し、日々の生活の休息のための余地を見つけなければならない。

別れた理由は、この行にも表れている。私は、休息の重要性を理解したように見えて、それまでの慣性があるから急に飲み会やレジャーを断ることはできないと考えていた。それは間違いだった。「休息は権利を主張」して確保するものであると彼女は知っていたから、あんなにしつこく私に忠告していたのだ。

この本は仕事や体調という小さな領域ではなく、死ぬまでの人生という最大限の領域に適用するフレームワークだ。この価値観に合わない人間と結婚することなど難しいだろう。

読み終えたときの後悔は大きかった。

90点(少し夜更かしをし0:00に寝た)

6日目

今日帰ってからはやや躁状態に向かっていることを自覚している。

私は大学入学直後に明らかな軽躁になっており、友人の指摘を受け大学のカウンセリングで病識を持つことで解消した過去がある。

彼女と別れたきっかけも、躁状態になる前にブレーキをかけたいというつもりで彼女からやや強引に注意をしてくれたことだった。


朝、眠りが圧倒的に浅く、不快感があることに気づいた。6 時に目が覚めたが今日は無理できないと思い、眠れないながらも 8 時半まで横になった。結果的に何度かレム睡眠にはなっていたようだ。

今日はジムが休みなので、夜にジョギングを移行することにして、日課の音読をやってからゆっくり支度した。

時間に余裕があったし、会社では習慣の散歩ができないので出勤は久しぶりに徒歩を選んだ。自宅から会社は 40 分ほどの距離だ。

寝不足の頭では仕事の集中力が持たなかった。1時間ごとに離席して10分の休憩を取った。行き詰ったら、チームに内緒で散歩にも行った。

ランチは新入社員(といっても私たちのチームは大半が中途採用であり、彼もその一人だ)と一緒に社食に行った。その人も健康志向であり、ワークアウトのメニューはほぼ一緒だった。会話の流れで、何のために運動しているのかという話になった。私は「頭がよくなりたいからだ」と答えた。

今思えばこの日記も、"アルジャーノンに花束を"に少し似ているかもしれない。運動を始める前の自分と続けた後の自分の差分がよくわかるだろう。アルジャーノンのように悲しい結末にならないことを祈る。

午後、何度かリフレッシュしているうちに今日のノルマはこなせた。

帰宅後は、朝できなかったジョギングをした。偏頭痛があったが終わった後は気持ちが良かった。

汗で濡れた自分の身体は、なかなか引き締まっており、一週間のインテンシブな運動の成果が見られた。この1週間でやれることは全部やっている、とうぬぼれる時間を取った。

この調子であればいつか彼女を迎えにいくことができる。


軽躁は自覚と睡眠で治すしかないのだろうか。今処方されている NaSSA との相性はどうなのだろうか。あまり知識がないので今週末の通院で聞いてみることにする。

100点

5日目

あまりよく眠れなかった。朝方は浅い眠りで苦しかった。心理的な影響か、それとも昨日寝る前に食べた油モノの消化が良くなかったのか、まだ分からない。

そのようなもので、六時に起きるつもりが八時くらいに床を出ることになった。

スケジュールとして朝に自由時間を設定したのは良い判断だった。寝覚めが悪い場合でも自由時間が減る程度で済むことが分かった。

最大心拍数の 75%の 運動を 30 分以上続けることは、ADHD のような特性を持つ自分にとって悪い特性への抑止に効果的であると読んだ。75% といえば私の場合は 140BPM だ。活動量計は持っていないが、電子音楽を好んで聴いているので胸に手を当てたら音楽と突き合わせてどれくらいの強度か分かる。まったり走るのではなく、ぎりぎりつらいくらいのペースである。

起きてからはスケジュール通り、十時から走り、いつもと全く同じルートをなぞった。明日も明後日も、ずっと同じにするつもりだ。

以降もすべてスケジュール通り生活した。昨日と同じカフェで読書をしながらランチを過ごし、一時間の散歩に出かけ、一時間の昼寝を取り、家事をして、ジムに行った。

やや疲れており、料理をする元気がないことに気づいたので安い外食にした。

帰ってからまた本を読んだ。

健康体に近づいたせいか性欲が抑えられず、自慰をしてしまったのが今日の唯一の減点対象だ。


まだ、ふとしたときに彼女を思い出し、胸が痛くなる。でも、次の運動や散歩できっと消えると信じ耐えた。

前回紹介した本「よい休息」と思考の熟成および運動で今の自分は構成されている。

昔、躍起になって意識の高い勉強会や懇親会に行っていた自分とは全く異なり、頭の中の雑音が少ない一日だった。強い刺激がなくてもこんなに充実が得られるとは思わなかった。むしろ、自分の骨太な精神に対する自信の表れが、思考の静寂なのだと今は感じられる。まず、この自分を大切にして、一か月過ごし前頭葉の成長を待ちたい。以前の自分ではたどり着けなかった高度な洞察や作品の制作ができるかもしれない。


私が別れを引き留めようと釈明あるいは問答をしようとすると、彼女は「私になんの利点がある?」としきりに言っていた。

彼女に与えられる利点とは何か。

今日考えていたのは、彼女の独特な価値観やライフスタイルを一番理解し実践できるのは自分であるから、生涯のパートナーとしてそれを高めあいたいということだ。

実のところ、私の存在は彼女の一様で平静な世界を壊すようなものだった。彼女が私をそばにおく利点は無かった。

彼女の世界観は、恣意的な価値観を嫌い極度に客観的なものである。生も死も意味はない。我々の意識は宇宙というプラットフォームにたゆたう靄か、それほどの価値もない何かだ。

その世界の中で人間が作り出した芸術を鑑賞することが楽しみなのだそうだ。

また、「よい休息」に現れる偉大な研究者や芸術家のように、休息と運動と緻密な自己管理によってストイックな静寂のある生き方を志向している。

彼女のそんな一様な世界観やライフスタイルは、私にとってむしろ刺激的で興奮していた。私はことあるごとに短期的な欲望で長期的な価値を冒してきたから、彼女の持つ文化は憧れだったのだ。

私は感受性が人より強いようで、習慣を人に合わせることに苦はない。今は本から彼女を追っている段階だが、もし同じ位置に立てたら彼女の生涯の価値観を守り高められるパートナーとして利点があると言える。

60点(自慰をしたため)

4日目

朝10:00ころ目覚め、30分ランニングをした。

カフェに行き、読書をした。近頃はこの本を読んでいる。

シリコンバレー式 よい休息

シリコンバレー式 よい休息

これは、彼女も同時に買ったもので、お互いの健康問題の、直接の解決になることがたくさん書いてある。

彼女は先にこれを実践し、ぜひ私にもと励ましてくれていたのだ。その気持ちをないがしろにした結果、別れることになってしまった。さきにこの本を読了していれば、彼女の言っていることをもっと理解できたわけで、別れずに済んだかもしれない。分量が多いから暇を見つけては読んでいたものの、読書慣れしていない自分は読むのが遅かった。

カフェの後は考えを熟成させるため1時間ほど散歩した。これも、本に書いてあることの実践である。狙い通りいくつか有意義なアイディアが湧いたので、このために携えてきた革の手帳に綴った。

家についてからは数時間かけて平日、休日、それぞれのスケジュールを組んだ。十年前後続いている慢性的な睡眠不足により、私の前頭葉は他人より機能していない。だから、このようなスケジュールを立てることは苦手だった。運動習慣がついた今、これらを難なくこなしていることに、自分自身驚いている。


平日のスケジュール

  • 6:00 起床、自由時間
  • 8:30 ランニング
  • 10:00 出社
  • 12:00 昼食-昼寝
  • 13:00 午後の仕事
  • 19:00 ジム
  • 21:00 夕食
  • 22:00 就寝(8h)

休日のスケジュール

  • 6:00 起床、自由時間
  • 10:00 ランニング
  • 11:00 読書を兼ねたランチ
  • 13:00 昼寝
  • 13:30 自由時間
  • 17:00 家事
  • 18:00 ジム
  • 20:00 夕食
  • 22:00 就寝(8h)

このスケジュールの肝は以下のような部分だ。

  • 朝に自由時間がある。創作活動をする予定だ。
  • 休日と平日で、睡眠のタイミングは変えない。
  • 月曜はジムが空いていないのでウェイトトレーニングを休む日は許容するが、朝のランニングは一日も欠かせてはならない。

平日は一回、休日は長めに二階、自由時間がある。この自由時間は単に遊んでいるわけではなく、自分の前頭葉の再構築になるような活動で埋めていく予定だ。できるなら、彼女のことも今まで以上に理解できるような、彼女から教わった良書を読むつもりでいる。

もし復縁に成功したら、彼女の習慣と私の習慣を突き合わせてお互いにとって全く支障がない形での交流ができたらいい。


夜にジムに行ったが、祝日のための特別営業時間により早く終わってしまうとのことで、風呂のサービスだけ利用してきた。

帰り際に、夕食の材料と明日の朝食を買った。

夕食は豚の炒め物をした。ここでも堕落していた以前とは異なる感覚があった。片付けながら調理することができるようになっていたのだ。 脳をつくるために、DHA とミネラルのサプリを飲んだ。

今日はよく眠れそうだ。

100点

3日目

朝、寝覚めは悪かった。いつものように眠いのではなく、夢では一緒だった彼女が、現実ではすでに居ないことに気づいて悲しかったからだ。そういえば前に二人でそんな映画を見た。あの映画で、主人公は死に向かおうとする。

8:00には起き始め、8:30から30分走った。今は運動しか逃げ道がない。それで一瞬は忘れられたが、お昼には悲しみがまた戻ってきた。

仕事はほとんどできなかった。

以前は彼女との連絡に SMS を使っていた。夕方、それとは異なるサービスを経由して彼女から連絡がきた。来週行く予定にしていた温泉宿のキャンセルをしていたかどうかの確認の連絡だった。予約していないことだけを返信した。その後、以下の投稿があった。

切るもん切ってやはり電話に出ないだけで人生は楽になるようだ

選択肢に戸惑う人間はやはり考える時間のほうが重要だったと言う事だ

-

切るもん切って楽になった

やはり、私の存在は彼女にとって苦しいものだったようだ。察するに SMS および電話はブロックしているのだろう。

彼女との距離はマイナスから始まることになる。ゼロになるまで時間をかけよう。私の日記はまだ3日目である。

そして、私の最小限の対応によって、彼女の気持ちが楽になったことを素直に喜びたい。


今日もジムに行った。もともと58kgくらいだった私の体重は不摂生にさらされ、別れる直前には63kgになっていた。それが、このたった三日間で3kg落ち60kgになっていた。心労の可能性もあるがほとんどは運動の成果であろう。

次に会う日まで、絶対に以下を守る。

  • 断酒
  • 一日も欠かさず運動すること

健康になると、一日に使える時間が長く感じる。そうなると、空いた時間に創作活動ができる。楽しみだ。

いつか、彼女が私のことをすっかり忘れてくれたら、手紙を書こうと思う。その日までに、字を練習しておきたい。私の生来混沌とした思考が沈静化していくのとともに、汚い書き文字が美しくなっていったら素晴らしい。


別れて三日経ち、手元にたくさんの文章があることに気づいた。決意を簡単に終わらせないよう、第三者からのプレッシャーを作ろうと思い立ち、このブログを作った。

少し遅く23:30に床についた。明日はもっと早く眠ろう。

100点

2日目

運動してしばらく経つとやはり不安が多くなってくる。この不安の中、少なくとも数ヶ月は耐えなければならない。彼女の負担が無くなるまで連絡は一切とらないつもりだから。

職場のマネージャとの定例ミーティングで、別れたことを打ち明けた。明らかに仕事に支障が出ているからだ。仕事に打ち込んで忘れることもできるし、直近の昇進ができれば安定した活動ができる人間であると客観的に言える、と少し励まされた。

夜、職場の同僚らに呼び出され、ビアバーに行った。断酒している、と宣言して辛いジンジャーエールで我慢した。自分の失恋を励ましてくれた。

彼らは、女の子の気持ちなんかすぐ変わる、時間置いて連絡とればいいじゃ無いか、という話をしてくれた。自身を何度でも刷新して行こう、と。

そのほか、私は異常な人間ではない、好いてくれる人はいるはずだ、他に女性は日本に5,000万人も居るから、彼女らに私を知ってもらうべきだというアイディアも出た。元彼女だって、たくさん居る女性のうちの候補の一人という程度でいいのだ、と。

気持ちの三割くらいは腑に落ちた気がする。でも完全に切り替えるにはまだ足りない。


ところで、彼女の家は遠方にある。これまで、私は彼女の家の近くの病院に通院しており、その際はリフレッシュを兼ねて週末滞在するのが習慣だった。

次の通院が近い。医者を変えるつもりは無いが滞在するための宿は今は無いため、ホテルを予約した。彼女には絶対に会わないように気をつけよう。

23:30までには寝た。

60点(呼び出しに応じてしまったのと、寝る前に禁欲できなかったため)